快適な買取
かたやB氏〈L社〉の会長、そしてもう一方がF氏〈P社〉のオーナーだ。
しかし、これは同時に世界規模の戦争でもあった。
というのも、高級ブランドの巨大グループというのは文字どおり多国籍企業だからだ。
そしてこの二人のフランス人のあいだに、良質な即興仮面劇に不可欠な、とても複雑な役回りを演じる人物がいる。
アメリカに帰化したイタリア人。
彼の名はD氏。
グッチの社長だ。
A氏、P氏、D氏というこの三人が、一九九九年の年初以来、高級ブランドの世界を揺るがしている。
グッチにとって、A氏とP氏の対決は一九九九年一月六日に始まった。
この目、LVMHのポリテクニックファッション・レザー部門の社長I氏は、必死になって電話をかけていた。
彼は理工科学校ヴィトンの社長として高級ブランド業界に入った男だ。
彼は普段から皮革製品業界出身のエリートで、の同業者としてD氏とは友好的な関係だった。
そのD氏となんとか連絡をとろうとしていたのだ。
D氏の居場所について、K氏はあまり情報を得ていなかった。
D氏は自家用飛行機でニューヨークを発ち、ヨーロッパに向かったらしい。
だが、どの国に着陸したのかはわからない。
K氏はまずフィレンツェにあるグッチの本部に電話をかける。
ところが夜警がこう答えただけだった。
「S氏・D氏はおりません。
すべて閉まっています。
ここには誰もいません」と。
誰もいない。
それは奇妙だ。
もしかしたら…。
突然K氏はこの日がイタリアの祝日にあたることを思い出した。
彼はロンドンにあるD氏の自宅に電話をかけなおす。
勘は当たった。
D氏は在宅していた。
ちょうどシャワーを浴びようとしているところだった。
「急用だ」と言ってもK氏は引きさがらない。
D氏はパスロープをまとって広聞に戻り、受話器を手にした。
胃のあたりが少し痛む。
K氏が四方山話をするためにわざわざこのナイツ守ブリッジの館まで電話をかけてくるとは思えない。
「休暇中に悪いね。
でも、とても大事なことなのだ。
言わなければならないことがある。
我々はグッチの資本を五パーセント以上取得した」と言ったのだ。
D氏はゆっくりと唾を飲みこんだ。
しかしK氏の声は温かい。
温かすぎるくらいだ。
D氏は何かあると思った。
この行為が友好的なものなら、ヴィトンの社長がこんな言い方をするはずがない。
D氏の頭がめまぐるしく回転する。
K氏が電話してきたのは、LVMHが五パーセント以上取得したことを言わなくてはならないような状況になったからだ。
ウォール・ストリートを監視している組織、証券取引委員会(SEC)の規則がそうさせている。
双方ともウォール・ストリートに株式を上場しているのだ。
それでも、D氏はさりげなく尋ねる。
「五パーセントを超えて、今どのあたりなのですか」と、K氏はしばらくとまどい、そして答えた。
グッチとLVMHは「私には答えられない」と、無意味で残酷な言葉だ。
D氏の口のなかは渇ききっていた。
彼はくいさがった。
「いったい何をするつもりなんですか」と、返ってきたのは曖昧な答えだった。
しかし、待つまでもなかった。
数日後、正確には一月十二日、答えが出てきた。
この日、そっけない公式発表により、LVMHがNVの株の二七パーセントを保有していることが公表された。
このグループはニューヨークとアムステルダムで株を上場している。
この攻撃に驚いた者はそれほど多くなかった。
高級ブランド企業のトップがあの壮大なコレクションに新たなブランドを参入させる。
それがどうしたというのだ。
九〇年代のあいだずっと、A氏は同族企業のブランド会社を一つひとつ飲みこんできた。
D社からS社、ゲルランからK社、さらにその聞に手にしたポンサルダン、ヴーヴ・クリコ、シャトー・ディケムとセフォラも忘れてはならない。
それでも彼の旺盛な食欲は抑えられなかった。
というのも、彼は新たに企業を手に入れるたびに、合理化がはかられ、グループ内で相乗効果を引き起こし、メディアに対する圧力を増すことができると確信していたからだ。
この底なしのポケットをもったフランス人に誘われると、これらの獲物のほとんどはたいした抵抗も見せなかった。
しかし今回に限って言えば、LVMHは正当防衛だったと言える。
少なくとも、軍事的な比喰を用いれば、彼はそのいちばんのキブランド、ヴィトンを守るために先制攻撃を仕掛けたとも言える。
この皮革製品会社はライバル会社をはるかにしのいでいて、I氏もこの状態が長続きすることを望んでいる。
だから一九九八年の末にプラダがグッチの資本をかじりはじめるのを見ると、K氏は不安になった。
グッチとプラダが手を組めば、ヴィトンにとって大きな脅威になる。
K氏の立場に立てば、自分のしていることは正当な自己防衛なのだ。
そしてK氏の目には、グッチとヴィトンはそれぞれ独自に経営できるものに見えていた。
独自にしかも同じグループ内にいながらにして形成されていたのだ。
しかし、D氏はそんなことは絶対に許さない。
この二つのブランドは同じ分野での重量級だ。
世界のあらゆる市場でつねに争っている宿命のライバルだ。
ヴィトンの幹部がグッチ理事会に出席するという光景は、どこか異様で滑稽なところがある。
規模は違うが、ペプシの幹部がコカ・コーラの株主になるようなものだ。
D氏は業界を熟知している。
もしヴィトンの傘下に入れば、馬車の二番目の車輪になるだろうことを重々承知している。
たとえば、皮革製品部門に何かを取得する機会が与えられたとき、LVMHは当然一〇〇パーセント自分の子会社ヴィトンのほうに儲けさせようとするだろう。
株の三四パーセントを保有するパートナーであり、同時にライバルでもあるグッチに儲けさせるよりは有効な手段だからである。
証券取引委員会(SEC)・アメリカの証券行政を取り仕切る独立の連邦政府機関。
一連の証券関連法の運用を所管し、公正な証券取引の維持と投資家保護を目的とする。
インサイダー取引や相場操縦といった不公正取引を監視・摘発するための強力な行政権限をもっている。
イタリアは確かにヨーロッパにあり、その歴史はフランスの歴史と同じくらい古く、波乱に満ちているが、ことファッションと高級品の世界に関するかぎり、イタリア人はフランス人よりアメリカ人に近い価値観をもっている。
彼らも当然品質にたいするこだわりをもっているのだが、フランス人ほど純粋なものを求めてはいないし、またフランス人ほど気高く高貴なものを追求しない。
イタリアの歴代政府は、フランス政府のように、圏内の繊維業界をじわじわと絞め殺したりしなかった。
そのため、現在彼らの産業は素晴らしい基盤と質のいい熟練した職人によって支えられている。
また、彼らはマーケティングと情報交換のエキスパートでもある。
だから、カラブリア人(南イタリア)D氏とテキサス出身のT氏が、この三千年紀のはじめに世界規模の高級品業界を象徴する人物となったことはさほど驚くにあたらない。
D氏が一九九五年にグッチNV ・グループの社長に任命されて以来、総売上高を四倍にした男。
この髭面の小男の物語は彼の会社の歴史ほど荒唐無稽ではないが、年を追うごとに二つの物語は一つになっていく。
D氏はローマで生まれ、カラブリアで育った。
父親は軍人だった。
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